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昭和61年3月ごろに、凍死体が発見された。 (↑3月2日〜8日にかけて凍死) その凍死体は、北見工業大学の大学生(26歳の男)だった。 事故 または 自殺のいずれかであると思われる。 (↑ 北見のあたりは、寒冷な地域なので、3月に事故で凍死しても不自然ではないことを断っておく) 北海道新聞 昭和61年(1986年)3月8日 朝刊 16版 社会 23面 ↑改行、句読点、括弧、文字の大きさ、色、太さは読みやすいように改変した箇所がある。漢数字を洋数字に改変した箇所がある。名字はぼかした箇所がある。その他は、原記事通りに入力した。 ↑ 当時の北海道新聞の新聞記事(縮刷版)。ただし、名字の漢字を1文字ずつ消した。また、私の書き込みも入っている。 これは、昭和61年(1986年)の新聞記事である。 昭和61年といえば、平成元年(1989年)のすぐ前である。 平成元年といえば、私は、この社説を思い出す。 <社説> いま、大学って何なのだろう ↑ http://supplementary.at.webry.info/200604/article_9.html この社説からわかる通り 北海道新聞の新聞記者が知っている大学は いったん、入学すれば、勉強の質も量も問われない、めぐまれた大学しかなかったことがわかる。 そうでなければ、このような社説を書くことはできない。 北見工業大学の単位がとれず、卒業できるかどうか悩んだうえ 凍死した大学生は 北見工業大学ではなく 北海道新聞の新聞記者が知っている大学に入学するべきだっただろう。 そうすれば、勉強の質も量も問われない、めぐまれた大学で、ノホホンと過ごせたし 凍死して、自殺かどうかを疑われるということもなかっただろう。 |
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