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zoom RSS 同志社大学で不正入試疑惑があったが、結局、立証されなかった。(昭和33年)

<<   作成日時 : 2011/03/05 14:27   >>

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昭和33年1月26日、同志社大学第一次入試が行われた。

このとき、行われた試験の日本史と国語の問題が、事前に受験生にもれていたのではないかという疑惑が持ち上がった。

そのとき、その疑惑を、主に追及した者は、26歳の京大文学部大学院生である木村彰吾氏だった。

結局、この疑惑は、立証されなかった。

したがって、その疑惑が持たれていた受験生の男は、合格無効ということもなく、そのまま、同志社大学に入学し、卒業したものと推定される。

高度経済成長の時代である昭和33年の同志社大学の不正入試疑惑(ただし、立証されず)である。


サンケイ(今の産経新聞) 大阪版 昭和33年1958年)3月13日 木曜日 14版  11面

入試問題もれる
 
 ー受験生3人が同じ解答ー

   同志社大 実行委が糾明へ



 さる1月26日行われた同志社大第一次入試の試験問題が、事前に数人の受験生にもれていたのではないかという疑いが入試実行委員会(委員長上野直蔵教務部長)でもたれ、同委員会でその真相糾明に乗出すことになった。

 さる2月1日採点委員が答案を調べていたところ、日本史3題のうち2題、国語2題のうち1題、時事問題について商学部志望の某受験生と同じ答案を書いていた受験生がほかに2人もおり、答案のあっている個所、間違い方などがまったく同じだった。

このため、入試問題がもれたのではないかと上野入試実行委員長に報告した。

 一方 京大文学部大学院生 木村彰吾君=左京区下鴨松ノ木町=の家庭教師先の同区下鴨蓼倉町、K会館経理課長 ○本×夫 氏(43)は、入試前日の1月25日、A君に各科目の問題を渡し模範解答をつくってくれるよう依頼した。

A君は2日後、これが同大入試問題と同一のものだったことを知り、先輩の立命大 梅原猛助教授に連絡 ついで 同志社大文学部安永武人教授に伝えられたもの。

 入試問題は山科刑務所で印刷され、万一学外にもれる場合として

@ 学内教職員が盗み出す。

A 看守など刑務所関係者が持出す。


の2つしか考えられず、もし不正受験しているものがあれば、たとえ合格していても取消しの措置をとると大学当局はいっている。

上野入試実行委員長の話

 採点委員がいまのところ発見した不正受験者らしいのは3人だが、20日ごろから再調査するので、さらにふえるかもしれない。


頼まれたのは日本史と国語

 家庭教師先で問題の解答を頼まれた木村彰吾君は12日夜、京都市内の某所で同志社大三木英雄入試実行委員幹事長と対面、つぎのように語った。

 解答を頼まれたのは○本さん宅で問題は日本史と国語だった。

そこで山口県Y高校から受験にきたTという高校生と会い 答を書いた。

その高校生は先生が出発直前に問題をくれたものだといっていた。


↑改行、句読点、括弧、文字の大きさ、色、太さは読みやすいように改変した箇所がある。漢数字を洋数字に改変した箇所がある。実名はぼかした箇所がある。なお、結局、立証されなかったので、実名は、かなり、ぼかした。K会館経理課長 ○本×夫 氏の住所は不鮮明だったので、他の住所かもしれないが、左京区下鴨〜町であるのは確かである。なお、最初の方の新聞記事では、最後の漢字は、雄と記載されていたが、あとの新聞記事で 最後の漢字は、夫に直されていたので、その表記で入力した。高校や会社の名称はぼかした。なお、Y高校は、山口県の県立高校である。木村彰吾氏については、不名誉なことであると思われないし、50年以上前のことであるし、どこかの学者になっている可能性もあり、検索しやすいように、実名のままとした。なお、最初の方の新聞記事では、木村彰と記載されていたが、あとの新聞記事で木村彰吾に直されていたので、その表記で入力した。その他は、原記事通りに入力した。以下、同様。
イメージしやすいように、現代の同志社大学の地図を載せた。

サンケイ(今の産経新聞) 大阪版 昭和33年1958年)3月14日 金曜日 夕刊 4版B  3面

広島で答案盗まれた?

  同大不正入試 調査に乗出す

 同志社大入試実行委員会では14日午後4時から開く不正入試事件の真相糾明委員会に先立ち、午前中上野委員長らが個々のケースにつき検討した結果、広島でもれたのではないかという新しい疑問が浮び、至急調査に乗出すことになった。

上野委員長の話によると文学部志賀教授ら4人の広島試験場監督者が1月24日あさ、京都発“かもめ”で西下、広島市千田町2の629「魚光旅館」に宿泊した際、旅館関係者が問題を盗み出したか、書き写して商学部受験生T君(Y高出身)に手渡したのではないかというもの。


サンケイ(今の産経新聞) 大阪版 昭和33年1958年)3月15日 土曜日 14版  9面

不正は1人だけ

 同大入試 苦しまぎれの発表と分る

 同志社大入試実行委員会(委員長上野直蔵教務部長)では14日、

入試漏えい事件の対策を協議の結果、先に受験生3人のよく似た解答で入試問題がもれたと発表したのは報道関係者から山口県Y高校出身、T君(18)の入試問題入手容疑事件の追及を逃れるための“オトリ発表”である。


と発表した。

これに対し大下学長は

どんな理由があるにせよ問題が問題だけに事実としたら許せない。


と語り、15日実行委から事情を聞いた上 善処する。

上野実行委員長の話
 あまり外部から騒がれると調査が困難となるのでやむなくオトリ発表した。

報道関係者の取材焦点をそらそうとしたことが、かえって世間に不安を与えることになったので この際 実情を打明けたわけだ。

まことに申訳ない。



複雑な話なので、京大文学部大学院生木村彰吾氏の主張を元にして、ここでいったん、まとめてみる。


家庭教師先の同区下鴨蓼倉町、K会館経理課長 ○本×夫 氏(43)は、入試前日の昭和33年1月25日、木村彰吾氏に各科目の問題を渡し模範解答をつくってくれるよう依頼した。

解答を頼まれたのは○本さん宅で問題は日本史と国語だった。

そこで山口県Y高校から受験にきたTという高校生と会い 答を書いた。


その高校生は先生が出発直前に問題をくれたものだといっていた。

木村彰吾氏は2日後、これが同大入試問題と同一のものだったことを知り、先輩の立命大 梅原猛助教授に連絡した。

ついで 同志社大文学部安永武人教授に伝えられた。


サンケイ(今の産経新聞) 大阪版 昭和33年1958年)3月18日 火曜日 14版  9面

不正裏付けつかめず
 
 同志社大 入試実行委が発表

既報=同志社大入試実行委員会(委員長上野直蔵教務部長)では17日夜 委員会を開き、不正入試事件の真相調査のため、さる16日 山口県熊毛郡にいる問題の受験生T君(18)=Y高卒業=宅に出張した商学部今井俊一教授、神学部緒方純雄助教授から調査報告を聞いた結果

現在の段階では不正の事実は依然としてつかめず学内関係者から洩れた疑いはないことを確認した。


むね発表した。

今井教授はT君から事情を聞いたところ、同君は自分がつくった問題が入試の問題と偶然同じであったにすぎないと弁明しており、高校当局も問題を作成して同君に手渡したことはないと否定しているため、不正入試の具体的な裏付はできなかったという。

これは同君の模範解答をした京大大学院生木村彰吾君(26)が

T君は高校教師が作ってくれた問題だといって示した。


という点と食違いをみせているが、大学当局は木村彰吾君の証言も絶対に正しいものと認めていないことを、同夜はじめて明らかにしたため、事件は一そう複雑化してきた。

 上野教務部長は入学式の4月9日までに裏付け証拠をつかめない場合は同君の入学を許可する方針をとっているため、学内外では入試実行委のあいまいな点を批判する声も強くなっている。

木村彰吾君の話

 同志社大が私の証言を疑っているとはまさか考えもしなかった。

なぜ信じられないかわからないが、私が入試問題と同じ問題をT君から回答させられた事実に誤りはない。



複雑な話なので、京大文学部大学院生木村彰吾氏の主張だけでなく、山口県の県立のY高校卒業のT君の主張も元にして、ここでいったん、まとめてみる。


家庭教師先の同区下鴨蓼倉町、K会館経理課長 ○本×夫 氏(43)は、入試前日の昭和33年1月25日、木村彰吾氏に各科目の問題を渡し模範解答をつくってくれるよう依頼した。

解答を頼まれたのは○本さん宅で問題は日本史と国語だった。

そこで山口県Y高校から受験にきたTという高校生と会い 答を書いた。

その高校生は先生が出発直前に問題をくれたものだといっていた。

山口県の県立のY高校卒業のT君は

こんなことはいっていない。

自分で作った問題の解答を作ってくれるように頼んだら、偶然、同志社大学の入試問題と一致した。

と主張している。


日本史の場合、問題を作ることができるのならば、解答を作ることもできる。
日本史の教科書・参考書を読めばいいのだから。
もちろん、自分で作った解答が合っているかどうかわからないから、添削してほしいという依頼をしたのであれば、話は別である。
しかし、そのような事実はない。
したがって、T君の主張は不自然であり、苦しい言い訳であると、私は、これらの新聞記事を読んで、考えた。
なお、山口県の県立のY高校の先生は、そのような問題を作成した事実はないといっている。


木村彰吾氏は2日後、これが同大入試問題と同一のものだったことを知り、先輩の立命大 梅原猛助教授に連絡した。

ついで 同志社大文学部安永武人教授に伝えられた。


サンケイ(今の産経新聞) 大阪版 昭和33年1958年)3月24日 月曜日 14版  7面

同志社大の不正入試事件

査問会議で対決

あいまいなT君

  問題もれ 疑い強まる

 
同志社大入試実行委員会(委員長=上野教務部長)では不正入試事件の真相をつきとめるため、23日午後本部理事会室に問題の受験生 T君(Y高校出身)と同君の父親 ▽× ◇吉氏(43)、京都での下宿先、○本×夫氏夫妻および京大大学院生 木村彰吾 君(26)の出席をもとめ全国大学でも例のない査問会議を開いた。


○本夫人が口止め”  文字さん証言

 この日はじめて姿を見せたT君は青ざめた表情で第一次入試の前日にあたるさる1月25日、模範解答をつくってもらった木村君と対決したが、委員会側も全員12人が出席、2台のテープレコーダーを用意して証言を記録した。

T君は木村君が日本史と国語を教えたということを否定、日本史しかみてもらわなかったと主張したあと

問題はすべて私が参考書をみてつくったもので、出題のうちヤマのあたったものは半分ほどだ。

受験雑誌などからも問題を捜したがはっきり覚えていない。

小学館の字引をみて日本史の解答をつくったりしたけれどどのような内容の字引か忘れた。


とあいまいな態度を続け、木村君とあらゆる面で対立した。

 ついで委員会側は○本夫妻が事前にT君の問題を知っていたかどうかを追及、途中から木村君の下宿先、文字せつ子さん(36)=左京区下鴨松ノ木町=を証人として呼んだが文字さんは

○本氏夫人がさる12日午前零時すぎに来て

木村さんが問題を教えたことを外部にいわないよう伝えてほしい。

大阪の木村さんの実家に手紙で連絡すれば証拠が残るので電話をしたい。

とにかく木村さんさえしゃべらなければ受験生も合格を取消されず円満におさまる。


と木村さんにことづけをたのんで帰った。


と証言した。

 最後にT君は国語の答案に書いた「キャッチ・フレーズ」という言葉は木村君の教えたものかどうかを問いつめられたが、否定しながらもその意味がわからず、頭をかかえて

バク然と書いた。


とつぶやくだけで、さらに同問題の文中にある「トワイライト」「チャーミング」などの意味も答えられなかった。

同委員会では慎重を期すため近くふたたび対決を求めるが、この約4時間の対決でT君の態度のあいまいなことなどから入試問題の事前ろうえいの疑いはさらに濃くなった。

多い不審な点

上野委員長の話

 T君の証言には不審な点がたくさんある。

これらについてはすぐ裏付け調査をして本当にT君が問題をつくったものか、どうか確める。

こんどは木村君に参考書をみながら実際に教えていたときの場面を再現してもらうつもりだ。



ウソにハラが立つ

木村彰吾君の話

 T君が平気でウソをつくのにハラが立った。

これは一個人の問題でなく大学の名誉にもかかわることなのでできる限り調査に協力して白黒をはっきりさせたい。




問題は私がつくった

T君の話

 木村さんに勉強をみてもらったのは少しでも試験前に気を楽にしたかったからで見せた問題は家で私がつくったものだ。

不正入試をした覚えはない。


不正入試事件

 さる1月26日行われた同志社大第一次試験の試験問題が事前に受験生にもれたのではないかというもので発端は京大大学院生木村彰吾君が家庭教師先から入試前日の1月25日、模範解答をつくってほしいと依頼された問題が同大入試問題と同一だとして同大側に連絡したもの。


↑ 
「京都での止宿先」と記載されていたが、「京都での下宿先」の誤植と判断し、そのように入力した。

画像

↑ 
当時の新聞記事。ただし、実名や住所の一部に消した箇所がある。

緊張した査問会議 =

○ 上野委員長 

× T君 

△ ○本夫人

矢印  木村彰吾君


対決する  木村君 と 堰@T君

と写真の解説に書かれている。
ただし、実名はぼかした。

キャッチコピー、キャッチフレーズとは、主に商品や映画、作品等の広告など、何らかの告知で使われる文章・文句である。

1文、1行程度のものから、数行に渡る物まで数多くのキャッチコピーがある。

商品広告では、キャッチフレーズが、商品の印象が決まる一因として重要視されている。

職業としてキャッチコピーを創作する者をコピーライターという。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%81%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%BC

トワイライト】(英語:twilight

薄明。薄暮。たそがれ。


チャーミング】(英語:charming

すてきな。とても感じのよい。とてもかわいらしい。魅力的な。



後日、裏付けが不十分だということで、不正入試事件の証拠がないと、同志社大学が判断したという内容の新聞記事が載っていた。

ただし、コピーし忘れたので、その新聞記事は、手元にないが・・・

したがって、このT君は、同志社大学商学部に入学し、卒業した可能性がある。


大雑把なまとめ

京都大学は自由な校風で有名であるが、不正入試に関しては

不正入試許すまじ。

という普通の態度であると推定される。

実際、昭和33年の同志社大学不正入試疑惑を、主に追及した者は、京大文学部大学院生だった。

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
不正入試の問題は、昔からイタチごっこですね。
長田ドーム
2011/03/05 14:30

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