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zoom RSS 1994年(平成6年)北海道大学 文系ー前期日程 日本史 入試 大問4

<<   作成日時 : 2014/08/27 22:43   >>

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1994年(平成6年)の北海道大学 文系ー前期日程の日本史の入試問題 大問4を載せておく。


1994年(平成6年)実施 北海道大学入学試験 前期日程 日本史

大問4  次の文章を読み, 以下の設問に答えよ。

 戦前日本における本格的な政党内閣は, 原敬内閣にはじまるが, 次の高橋是清内閣倒壊後には数次の非政党内閣が続いた。

第二次山本権兵衛内閣の総辞職後, 貴族院に基盤をおく清浦奎吾内閣が成立した。

ここにおいて政友会・憲政会・革新倶楽部の護憲三派は, 倒閣と政党内閣樹立をめざして第二次護憲運動をおこした。

衆議院解散後の総選挙では, 普通選挙実施を公約した憲政会が第一党となり, 党首加藤高明を首班とする護憲三派内閣が成立した。

護憲三派内閣は, 税制整理をめぐる閣内不一致から, 1925年8月には憲政会単独内閣となり, 翌年加藤の死後, 若槻礼次郎が首班となった。

護憲三派内閣から憲政会内閣の時期は, 国内的には緊縮財政, 対外的には (1) 協調外交という特徴をもっていた。

しかし, 戦後恐慌以来, 歴代内閣が行なった財界救済策は, 不良企業を温存し, その矛盾は1927年3月に (2) 金融恐慌としてあらわれた。

この金融恐慌処理において若槻内閣は枢密院と対立して倒壊し, 陸軍大将田中義一を首班とする政友会内閣が成立した。

 田中内閣は, 高橋是清に恐慌打開策をとらせる一方, (3) 外交路線を強硬外交にあらため, 中国革命運動との対決を強めた。

また, 国内では治安維持法を適用して社会運動の弾圧に努めた。

1928年2月には普通選挙による初の総選挙が行なわれた。

ときの二大政党である政友会, 民政党(前年6月に憲政会と政友本党が合同)は, 有権者が急増した農村に対する減税や財政補助を公約した。

その結果, わずかの差で政友会が第一党となり, 無産政党の進出を抑えた。

しかし, 対中国外交をめぐって天皇の信を失った田中首相は辞任し, これ以後浜口雄幸・若槻民政党内閣が続く。

 民政党内閣は井上準之助を蔵相にむかえ, 緊縮政策と産業合理化により物価引き下げと為替相場の安定に努めた後に, 念願の金解禁を断行した。

また, 民政党内閣は, 対外的にはロンドン海軍軍縮条約締結にみられるように国際協調を志向したが, (4) 軍部などから統帥権干犯であるとの非難を受けた

また, 関東軍は出先で柳条湖事件を引き起こし, 次々と戦線を拡大した(満州事変)。

金解禁(金本位制復帰)は1920年代の貿易収支赤字や, たび重なる恐慌を除去することを目的としていたが, 実施直後に世界恐慌に直撃された。

世界的に国内政策を優先して金本位制を放棄する流れが強まるなかで, 金本位制維持・緊縮政策に固執した民政党内閣は行き詰まり, 1931年12月犬養毅政友会内閣にかわった。

 犬養内閣は, 高橋是清を蔵相とし, 金本位制を放棄し恐慌克服に努めたが, 満州事変を機に軍部の発言力は高まり, 事変処理は軍部の行動を追認するのみであった。

歴代内閣の経済政策の失敗と「軟弱外交」は国民の政党不信をもたらした。

このような国民感情を背景に五・一五事件が発生し, 8年間にわた政党内閣は幕を閉じた。

これ以後, 軍人・官僚・華族を首班とする内閣が続き, (5) 二・二六事件後には軍部の発言力はますます増大したのである



問1 下線部(1)について, (a) このときの協調外交は外相の名を冠してよばれることがある。どうよばれているか答えよ。 

(b) また, この時期の協調外交を可能にした国際会議の名を答えよ。

(c) また, この国際会議の結果結ばれた軍縮条約の内容を40字以内で説明せよ。

問2 下線部(2)について, 金融恐慌は, 当時の銀行のあり方に発生原因があると考えられている。

金融恐慌後に銀行のあり方がどのように変わったのか。

40字以内で説明せよ。

問3 下線部(3)について, 田中内閣期に行なわれた対中国強硬外交の事例を二つあげよ。

問4 下線部(4)について, (a) なぜロンドン海軍軍縮条約の調印が「統帥権の干犯」といわれたのか。

60字以内で説明せよ。 

(b) また, このとき政友会はどのような態度をとったか。

10字以内で答えよ。

問5 下線部(5)について, 広田弘毅内閣が行なった軍部と内閣との関係にかかわる制度改正を一つあげよ。


ブログなので、読みやすくするために改行を頻繁にした。


解答】問1(a) 幣原外交  (b) ワシントン会議  (c) 英・米5、日本3、仏・伊1.67の主力艦の保有トン数の比率と10年間の新造禁止。(40字)  

問2 中小の銀行が整理・統合され、三井・三菱・住友・安田・第一の五大銀行が中心となる。(40字)  

問3 山東出兵, 東方会議

問4 (a) 海軍軍令部が統帥権に兵力量決定の編制権も含まれると憲法を解釈し、 内閣の輔弼事項として調印した政府を憲法違反と攻撃した。(59字)  

(b) 政府攻撃に同調した。(10字)  

問5 軍部大臣現役武官制の復活



大学入試シリーズ 北海道大学 文系ー前期日程(文・教育・法・経済) 最近6カ年 2000年版』(教学社)p73, 74の解答の,を、に直したもの。


問1(a)の解説を載せておく。

1925(大正14)年, 護憲三派の協調はくずれ, 憲政会単独の第2次加藤高明内閣が成立したが, 翌年に加藤が死去したため, かわって憲政会総裁となった若槻礼次郎が組閣した。

この間の外務大臣に幣原喜重郎があたり, ワシントン体制に即応する協調外交を保ち, 中国に対して経済的進出を重視する内政不干渉の方針をかかげた(幣原外交)。

↑『日本史B 新訂版』(文部科学省検定済教科書。高等学校地理歴史科用。実教出版。平成14年1月25日発行)p 299
読みやすくするために改行を頻繁にした。

問1(b), (c)の解説を載せておく。

1921(大正10)年7月, アメリカ大統領ハーディングはワシントン会議の開催を提議し, 日本は海相加藤友三郎らを全権として参加させた。

同年11月から翌年2月までおこなわれた会議では, 主力艦(戦艦・準用戦艦)と航空母艦の保有比率をアメリカ・イギリス5, 日本3に制限するワシントン海軍軍縮条約が調印された。

↑『日本史B 新訂版』(文部科学省検定済教科書。高等学校地理歴史科用。実教出版。平成14年1月25日発行)p 293, 294
読みやすくするために改行を頻繁にした。


問2の解説を載せておく。

金融恐慌により, 中小銀行は大打撃を受け, 銀行法の制定とあいまって, 三井・三菱・住友・安田・第一の五大銀行への集中がすすみ, 財閥の産業支配が強化された。

↑『日本史B 新訂版』(文部科学省検定済教科書。高等学校地理歴史科用。実教出版。平成14年1月25日発行)p 300

問3の解説を載せておく。

田中内閣は6〜7月に東方会議をひらき, 満蒙権益の擁護のために強硬方針をとることを決定し(「対支政策綱領」), 翌年にかけ北伐を阻止するため2次にわたり山東出兵をおこなった。

↑『日本史B 新訂版』(文部科学省検定済教科書。高等学校地理歴史科用。実教出版。平成14年1月25日発行)p 300

問4の解説を載せておく。

軍部・右翼・政友会などは, 政府が軍令部の反対にもかかわらず兵力量を決定したのは憲法第11条に規定された統帥権を干犯するものであるとして攻撃し, 枢密院も反対のかまえをみせた(統帥権干犯問題)。


兵力量の決定は憲法第12条の編制大権に属し, 内閣の輔弼事項であると解釈されていた。

条約の有効期間は1936年末までで, ワシントン海軍軍縮条約も同時に延長された。

↑『日本史B 新訂版』(文部科学省検定済教科書。高等学校地理歴史科用。実教出版。平成14年1月25日発行)p 301
読みやすくするために改行を頻繁にした。後半は、「立憲民政党の浜口雄幸内閣がロンドン海軍軍縮会議で軍縮条約に調印した」ことの解説である。

問5の解説を載せておく。

事件後, 軍部は事件の威圧的効果を利用して, 政治的発言力をいちだんと強め, 前外相広田 弘毅の組閣に干渉し, 軍部大臣現役武官制を復活させ, 「帝国国防方針」を改訂して, 膨大な軍備拡張計画を推進し, 広義国防国家の建設を唱えた。

↑『日本史B 新訂版』(文部科学省検定済教科書。高等学校地理歴史科用。実教出版。平成14年1月25日発行)p 317
ここでいう「事件」とは、「二・二六事件」のことである。


1994年(平成6年)の北海道大学文T系の前期日程の二次試験

外国語:「英語U・UB・UC」(90分。大問5題), ドイツ語, フランス語から1科目選択:100点

社会:日本史(90分。大問4題), 世界史(90分。大問4題), 地理(90分。大問4題), 「倫理, 政治・経済」(90分。大問4題)から1科目選択:50点

国語(150分。大問5題):国語U, 古典:150点



1994年(平成6年)の北海道大学文U・V系の前期日程の二次試験

外国語:「英語U・UB・UC」(90分。大問5題), ドイツ語, フランス語から1科目選択:100点

数学:数学T, 代数・幾何, 基礎解析(90分。大問4題):100点

国語(120分。大問4題):国語U:100点


ちなみに、1994年(平成6年)北海道大学 文U・V系の前期日程の数学の問題は次の通り。

大問1:行列・1次変換:1次変換を表す行列の決定

大問2:三角比・三角関数:三角形の内接円・外接円, 三角比の定義, 加法定理, 2倍角の公式

大問3:微分法の応用:接線の方程式, 曲線外の点から引いた接線の本数

大問4:微・積分法の応用:2つの3次曲線で囲まれた図形の面積, 最小値


このうち、2000年(平成12年)の課程で範囲外であったものは、大問1だけであった。


2000年(平成12年)の受験生のための赤本の最初のところで、2000年(平成12年)の課程で範囲外の大問は、範囲外であるとしっかり書かれていた。
おそらく、2000年(平成12年)に大学受験する者が、この赤本を読んだときは、大問1だけ解かなかったのだろう。

また、このうち、理系と共通問題だったのは、大問1だけだった。

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