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zoom RSS 立教大学の大学生ら5人けが(昭和39年3月21日)

<<   作成日時 : 2016/01/25 18:35   >>

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1964年(昭和39年)3月21日土曜日、東京都に存在する立教大学の3年のワンダーフォーゲル部先発隊(8人)のうち、4人がニセコ五色温泉から国鉄狩太駅(今のJR北海道のニセコ駅)に向かい、本隊を迎えに行く途中だった。

午前10時ごろ、通称見返り坂で約4m下の氷盤に転落し、東京都台東区の20歳の男が重体、東京都豊島区の20歳の男、東京都文京区の20歳の男がそれぞれ重傷を負い、病院に収容された。

1964年(昭和39年)3月21日午前10時ごろの通称見返り坂が吹雪だったかどうかは、新聞記事からはよくわからない。




1964年(昭和39年)3月21日土曜日、北海道札幌市白石区の男の公務員をリーダーとする石狩支庁パーティー6人はニセコ連峰を縦走していた。

午後零時半頃、石狩支庁パーティー6人が、イワオヌプリ(下記新聞記事の「イワオヌクリ」はこれを指していると思われる。)山麓にさしかかった。

そして、30〜40m/秒の猛吹雪にあったため、雪穴を掘って避難した。

約4時間経過して、午後4時半ごろ、吹雪が小やみになったため、石狩支庁パーティー6人は、出発した。

国鉄山の家まで700mという地点に達したところ、右斜面で幅100m、長さ30mの表層雪崩があった。

そのため、北海道札幌市白石区の男の公務員であるリーダーと、ほかの1人(下記新聞記事では住所・性別は不明)が重軽傷を負い、北海道札幌市琴似町の31歳の公務員の男が行方不明になった。

行方不明者が出たので、倶知安署に捜索願が出された。




昭和39年(1964年)3月22日(日曜日) 毎日新聞 東京版 13版 15面

立大生ら5人ケガ

小樽】21日、吹雪の北海道ニセコで札幌と東京の二組のパーティーが遭難、1人行方不明、5人が重軽傷を負った。

遭難したのは札幌市白石区中央、公務員Aさんをリーダーとする石狩支庁パーティー6人と立教大学3年のワンダーフォーゲル部先発隊(8人)のうち4人。

石狩支庁パーティーはニセコ連邦縦走中、イワオヌクリ山ろくにさしかかった午後零時半ごろ、30-40bの猛吹雪にあい、雪穴を掘って約4時間避難、小やみになった同4時半ごろ出発、国鉄山の家まで700bという地点に達したところ、右斜面で幅100b、長さ30bの表層ナダレがあり、Aさんら2人が重軽傷、札幌市琴似町、公務員、Bさん(31)が行方不明となり倶知安署に捜索願を出した。

また東京立教大学3年のワンダーフォーゲル先発隊(8人)のうち4人がニセコ五色温泉から国鉄狩太駅に向かい本隊を迎えに行く途中、同日午前10時ごろ、通称見返り坂で約4b下の氷盤に転落、台東区竜泉寺町、C君(20)が重体、また同豊島区池袋、D君(20)文京区本郷、E君(20)がそれぞれ重傷を負い病院に収容された。


改行、句読点、括弧、文字の大きさ、色、太さは読みやすいように改変した箇所がある。漢数字を洋数字に改変した箇所がある。詳細な住所は省略した。実名もぼかした。その他は、原記事通りに入力した。なお、「イワオヌプリ」を「イワオヌクリ」と書いていたが、そのまま入力した。

ニセコアンヌプリとイワオヌプリ間の凹地に、「ニセコ五色温泉旅館」「ニセコ 山の家」2軒の宿が道を挟んで立つ。


「ニセコ五色温泉旅館」の開業は昭和5年である。

昭和33年11月1日 - 厚生省告示第327号により、ニセコ温泉郷の一部として国民保養温泉地に指定。

「ニセコ 山の家」は元は国鉄の施設だったが、現在は民間の施設である。


『五色温泉 (北海道)』のWikipedia

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